kaji

夫婦関係

私の体験。克服できない喪失。

 体験。それはとても大きな存在です。思考を規制し、行動を規律します。

 私にとって、いまのキャリアを方向付ける体験は、友人の自殺でした。彼の死因は、縊死。大晦日の夜、一人で外出し、事前に物色して決めていた大木に縄をかけたのです。彼が自死を選択した原因は、生来的な問題もありました。

 しかし、この世に残された私が看過できない点は、彼が抱える問題の解決に、邪悪な人間をパートナーに選択した点でした。その人間は、親身に相談を受ける体裁を持ってはいました。しかし、内面では、相談を持ちかけ、孤独と苦痛に際悩む私の友人を苦しめることにことのほか快楽を感じていたのです。

 友人は、その人間の邪悪さに気づいてはいました。しかし、離れようともがけばもがくほど絡みつき身体の自由を奪うクモの糸のように、私の友人は、その人間の暗黒面の世界に引きずりこまれ、進退あい極る状況に追い込まれました。アドバイスを処方してきた邪悪な人間は、苦しむ彼をみて喜びを感じていたのです。

 ある夏の暑い日、私は彼から遺書を受け取りました。すでに自殺した後のことを委託する内容でした。
私は、驚くほど冷静にその手紙を読み、そしてご家族からの連絡を待ちました。自殺で残された家族のお気持ちを考えると、こちらから連絡をとるのははばかられると考えたからです。

 しかし、実際のところは、彼は手紙に記述した決行日に自殺はしませんでした。残りの日々を、葛藤と苦痛の不安の中で過ごすことを選択したのです。そして、私がその手紙を受け取ってから約4ヶ月後の大晦日に、彼は自ら決めた決意を静かに決行しました。

 お通夜と告別式に呼ばれた私は、生が彼に与えた苦しみがこの期に沈静化し、永久の静謐と平和の中で魂が癒されることを願いました。もちろん、件の相談者はお通夜にも告別式にも出席はしておりません。自分がなした邪悪な魔力が期待通りの十分な結果に結んだことにきっとほくそえんで満足していたのでしょう。私は、遺骨を見つめながら、大切な友人が命を絶ったことの意味を求めました。

無言の骨は、沈黙を守るだけです。

沈黙を守る骨に、私は、強く心を決めました。相談者が真に求める幸福を実現する伴走者になろう、と。相談の方が、夫婦カウンセリングを終えたとき、「幸せです」といえるカウンセリングをしてゆこうと。

 以上、つらつらと書きました。これは、いままでの私が積み重ねてきたキャリアを踏まえた考えです。

 もしささやかなこの考えにご賛同されたのなら、ぜひご連絡をください。
ご一緒に考え、実践していきませんか?「幸せです」と心底言える日を目指して。皮相的な解決処方箋は、無用です。その場しのぎの理性の文脈でくみだされたカウンセリングも無用です。

ご一緒に、真剣に、幸せを探求していきませんか。

孤独と不安の中から光あふれる幸せな毎日へ。

 弊事務所のカウンセリングでは、まず、皮相的な問題を問題たらしめる背景に立ち入って行きます。そのプロセスの中で、ご相談者は、自分自身が抱える過去のトラウマや、本心から望む人生のあるべき姿を抽出します。この抽出には、多くの場合、苦悩と時間が要求されます。その抽出の後、ご自身が望む人生を取り戻すための処方箋を、私がご相談者と伴走する形で求めてゆきます。

 その中では、あきらめなくてはならない現実にぶつかることもあるでしょう。心の奥底に置き、しっかりとふたをして二度ど触れないようにしてきた喪失感にも直面することもあるでしょう。苦痛は避けたいものです。できれば避けたいところです。

 しかし、弊事務所は、この苦痛との直面こそ、幸福追求の原点だと位置づけます。その苦痛、喪失感からの再生。その再生のプロセスにも伴走いたします。その道を求めることは、人生にとってとても大切なプロセスです。どうぞご弊事務所を利用ください。幸せを求める道を一緒にみつけませんか。

 ご連絡をお待ちしております。

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