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新聞などのメディアで周知のとおり、昨日(平成28年3月30日)千葉家庭裁判所松戸支部にて画期的な判断が下された。

まだ判決内容を精査はしていないのだが、メディアの報道で見聞した範囲内で判断すると、子どもを連れ去り家出 した妻と夫との間で争われた子の親権者の指定に関し新しい判断基準が適用されたようだ。

従来、子を連れ去られた場合における親権者の指定に関し適用されてきた基準は、

・母親優先の原則

・居住地優先の原則

である。

このうち前者の母親優先の原則は、友人の弁護士(当然離婚案件を受任した経験あり。弊事務所が受任した離婚案 件のなかで紛争性が認められる案件を紹介し連携を取って解決する協力弁護士)との雑談のなかで、最近の家庭裁判所はかつてほど重視しない 傾向がみられるとのことだった。

子の連れ去り案件の典型例は、未成年の子を持つ妻が計画的に子を連れて失踪し、しばらくの間をおいて妻から受 任した弁護士から離婚や親権者の指定、慰謝料などを主張する内容証明が届くといったものである。慰謝料の前提となる不法行為は、おおくが DVであるが、このような内容証明を受け取った夫は身に覚えあのない暴力だとしてでっちあげを主張する。

一般的に家庭内での暴力は、それがDVであれ子どもへの虐待であれ閉鎖された密接空間で行われるため、DVが 実際にあったのかそれともでっち上げかどうかの判断は難しく、当事者一方の主張だけでは断定できない。ただ、弊事務所でも、でっちあげ DVだと主張する依頼人から何件も相談を受けたが、相手方の主張するDVにはつじつまの合わないことも多く、この場合には協力弁護士に助 言を仰ぐとともに総合的に解決にむけて行政書士として適法な範囲内で解決を図ってきている。

このようなケースでは、突然誘拐にも似た形で子を連れされれた父親は、その悲痛な声をあげる。血を分けた子が 突然連れ去られ、そして子は物理的な距離だけでなく法の壁によって幾重にも閉ざされている。

この中で、連れされてから時間が経過すればするほど、父親が親権者に指定される可能性は低くなる。子の居住地 を可能な限り変えるべきではないとする後者の原則が機能するからだ。

しかしこの松戸支部の家庭裁判所がくだした判断の根拠は、従来の判断に加えまたは修正し、よりよい親子関係の 構築が望まれるのかどうかも用いている。

これは、子どもが連れ去れた夫たる父親に朗報なのではないだろうか。

いわゆる、いいお父さんになれると主張・証明すれば、別居期間が長くても親権者に指定される道が開けたのだが から。

いままでであれば、母親が親権者となっては子の健全な育成・福利に重大な支障をきたすことがあきらかであるこ と(父親が親権者であることの必要性)、および子の健全な育成などの観点から父親こそが親権者としてふさわしいこと(父親が親権者である ことの許容性。たとえば収入や教育環境など)を立証するのが定型的な説得方法であった。

ちなみに弊事務所では、過去、子が連れされ離婚に発展した案件で2件、 父親を親権者に指定されたケースがある。また、紛争性が明らかであるため、弁護士の友人に引き継いだ案件についても1件、離婚裁判をとおして父親が親権者に指定されたとの報告を受けている。

このような過去の事例は、各案件ごとに特殊な事情があったため一般化はできないが、しかし、それでも母親に よって連れさられ、別居先の居住地で相当期間生活を継続してきた案件であっても父親が親権をあきらめなければならないというわけではな かった。

この中で、今回の画期的な判断は、父親を親権者に指定するための説得材料に新たな要素を付加したといってよ い。端的にいってしまえば、よいパパであれば、親権者に指定される可能性が高まるのである。

もちろん、このよいパパという要件だけでは抽象的であいまいにすぎるが、親権者の指定において判断されるの は、離婚するにあたりどちらの親がよりよく子の健全な育成・福利に供するかということであるのは不変な事実であり、私もこの見解を支持す る。

そうだとすれば、よいパパというのも、親権者に指定されたい父親が、自分の世界観や価値基準で導き出されるよ いパパであるという主張は説得力をもたないであろう。例えば、子供がほしがるものをなんでも買ってあげるから、私はよい父親であると主張 しても、判断を下だす家庭裁判所からしてみれば、単なる甘やかすだけの親にしか映らず、将来子が成人した際の金銭感覚や人間関係に悪影響 を残すと考えれば、それはよいパパではないのである。

しかしながら、少々形式的に判断されてきた親権者の指定について、よい親になれるかどうか、の実質的基準が判 断の根底にとりこまれたことは、好ましいと考える。子の健全な育成は、たんなる母親だからとか、長く住んでいるからといったことだけでは 決まらないからである。

もし子が連れ去られ、悲嘆にくれ、しかしなんとか前に進みたいと願い司法の手を通じて子と交流し、あるいは親 権者になりたいと切に願うのであれば、ご連絡がほしい。一緒に考え、行動していきたいと思う。そして、喪失と治癒にもともに歩んでいきた いと考えている。

愛する子とのかい離は、それだけで極めて強いストレスを与える。この孤独と不安、解離によって生じる、自殺が 声を出して呼ぶようなまったくの混乱と失望の時間を共有し、心を癒したいと願っている。